自力では難しい事

「自力でできること」として、養生についてお話をしましたが、では自力ではできないことは、なにかといえば、治療です。(鍼灸師は自分で鍼を打てるので除外しますが)

養生法と治療の違いについて無知であるというのは、ひとつの不幸です。

もはや医療的な処置が必要なレベルになっているというのに、自然治癒に任せるとか、生仕込みの民間療法で凌ごうとすることは賢明とはいえません。気合は大切ですが、「気合で治す」とか、そういうレベルではない時があります。

kiai!!!!!

こんなことがありました。一度しかお会いしたことがない方なのですが、突然のお電話で、「緊急事態だから助けてくれ」という。ただ事ではないので話を聞いてみると、妊婦である友人が傍にいて、突然の腹痛で、切迫流産しそうな気配だという。それで、

「今、手当療法のヒーリングをしているのですが、腹痛が止まりません。どうしたらいいですか??」という、とんでもない話でした。

常軌を逸した状況にあるので、普通の話が通るか不安でしたが、とりあえず、こう伝えました。
「僕はその方にお会いしたこともないので、普段のお体の状態もよく存じません。電話口でどうこうすべき話ではないので、至急、罹りつけの病院へ連絡し、指示を仰いでください

すると、

「友人は、病院とは関わりたくないそうです・・・私のヒーリングも○○直伝の素晴らしいモノで、そんじゃそこらのヒーリングではないんです。・・・でも、どこか流産を止めるツボとかあれば知りませんか?」

無茶苦茶すぎて、切ってしまおうかとも思ったのですが、「まずはあなたが落ち着くように。あと3分やってダメなら諦めて病院へ」と無謀な試みの着地点を提案すると、納得がいったらしく、感謝して電話を切られました。それきりなのでその後は分かりませんが。

普通の状況判断ができないのは個人の資質や常識の問題だといわれてしまえば、それまでです。ただし、これは極端なケースだからそう言えるだけで、大小を問わなければ、案外トンチンカンな事をしている場合は少なくないと思います。

平常時と緊急時では対応が異なる

僕がこの話を取り上げたのは、治療法と養生法とを混同しないほうがいいと伝えたかったからです。
緊急時の対応」と「平常時にやっておくといい事」との違いです。

あくまで、僕個人の実感にすぎませんが、一般的な常識がある方であっても、この区別はついていません。もちろんメディアでも混同しています。

僕自身は鍼灸師であり、鍼灸は気の医学です。気功やヒーリングの有効性を否定しません。ただ、時と場合によるし、医療処置ができるかといえば、それはまた別です。

健康な時に、はつらつと生活を送るための知恵が養生法。
病気のときに、リカバリーするのが治療の役目。

この2つを適材適所に使いこなすことができたら、人生における不安がひとつ減るのではないでしょうか。


おまけ

「センセイ」の話を、うのみにしない

何かの効能を謳う時は、「万能」であるかのような誇張がされやすいものです。電話口のヒーラー女性も、なんでも効かせられるのだと誤解をしていたのでしょう。

養生法の範囲内に止めるべきことなのに、まるで緊急時にでも使えるような万能な方法だと誤解させてしまうのは、教える側の罪です。教える側も、その万能性を素朴に信じているのかもしれません。
食餌療法でも、同じようなことが絶えないところをみると、「センセイ」の育成方法に杜撰さがあるのではないかなぁ。知識は切り売りできますけど、人材を作ることは一昼夜にできることではありませんよ。

誰でもセンセイになれる時代

個人的な意見ですが、健康に関わる仕事をするのなら、少なくても2000時間くらいの履修は必要でしょう。

セミナーレベルでは、教える量と質に、限りがあるわけです。そこで認定を受けて「先生」になれたからといっても、素人に毛が生えた程度に過ぎないわけで・・・・。

教える側がそもそも無知な可能性もあります。
話を聞く側が誤解しているだけの可能性もあります。
両方かもしれません。
誤解を招きかねない極論で魅了して、独自の教義に誘導する人たちもいます。

いずれにしろ、「健康に関わる領域」には、いかがわしい輩が集まりやすいので、注意がいります。

そこらへんを啓蒙していく必要があるなと感じています。

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