移り行く世のなか 鍼師として

高度経済成長期と現代とでは、まったく社会状況が異なります。
非正規雇用が増える。「中流階級」がなくなり、格差所得が広がる。
一方で高齢化は進み、街の過疎化が進む現代とでは、社会的な状況がまったく違います。

ひとつの産業が、10年後にはまるごと消滅してしまうようなことがありうる。そういう不安定な状況に対して、多くのひとが潜在的に不安を抱えて生きているのではないだろうか。そんな風に感じています。

「贅沢じゃなくてもいい。ただ、ふつうに平凡にくらしたい」

そういうささやかな願いがあります。
でも、そんなささやかな暮らしすら得ることも、保ち難くなっているのではないか。
「大学へ通えて当たり前」「いつかはマイホーム」みたいな価値観は普遍的なものではなく、普通に考えても今後は間違いなく崩壊していくでしょう。日本史においてはごく短いスパンでの通念に過ぎませんので、頭を切り替えないと誤差に苦しみます。

私たち庶民のくらしや幸福観は、社会状況によって大きく変わります。近代以降に限定しても、家族の在り方も含めて大きく変化してきました。
物事は状況によって変わる。だからライフスタイルや幸福のかたちも時代に合わせて変わっていいし、「これが絶対」と固定化させてしまうのは息苦しい。なるべくそういうこだわりは少ない方がいい。「自由すぎてどうしたらいいかも分からない苦しさ」も含めて、そういう時代になってきています。

わたしたちはいま、「変更」を迫られています。

鍼灸師の在り方、鍼灸院の在り方も時代とともに移り変わってゆくのはごく普通のことだと考えます。

いま私たちにできることはなにか。鍼灸師の在り方について、考えさせられるこの頃です。

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