「いま・ここ」へ響く鍼を

「にょにょにょにょ~~ン!」

「ほぅわわわぁぁぁああん」

「ぷるるるるうるるんんん」

みなさん、十人十色の表現をしてくださる。

なにを表現して貰ったのかというと、
「鍼を受けた時に起こる感覚」である。

上手く鍼をすると、水面に波紋が広がるように、微細な波動がうまれる。受けている人も、からだ中にその波動が伝わっていくのを感じることができる。これが経絡現象だ。この感覚を「響き」と呼んでいる。足に鍼をしているのに、なぜか耳のあたりに「にょにょにょにょ~~ン!」と、感じたりする訳だ。

このように鍼の響きを、擬音化してもらうと面白い。
これはもう、うどんを知らない外国人に、いかに学術的にうどんを説明してみたところで、うどんの美味しさは伝わらないのと同じで、受けて貰わない事にはわからない。だから、未体験の人には意味不明だと思う。

ひびき

日頃から内的な感覚を大切にしている人は、割と簡単にそれを感じる事ができる。
例えば分析ばかりで生きている人は、感覚にフタが覆いかぶさってるので、それが分かりにくい。いわゆる「身体の声」を無視して生きてるので、かなりボロボロだったりする。逆に敏感過ぎる人もよくない。

ではどうやったら、意識を内側に向けられるのか。例えば、よくあるのはロウソクの火を見つめたり、「羊が一匹…、羊が二匹…」と数えていると、初歩の瞑想になる。でも眠ってはいけない。このようにして、外界への意識を一端シャットアウトさせ、散漫な意識を、内側に絞って制御していく。

そうすると、気の流れが変わる。
僕は鍼を使って、このような状態を、いわば人為的に作り出すことができる。

上手くいけばそこで、自分自身のゼロ地点、「いま・ここ」に出会うができる

「ああ、こんなに力が入っていたんだな」
「ああ、こんなに無理していたんだな」と。

ある種の緊張とは、過剰防衛の反応である。
それは、いくらストレッチしても緩まない。
それが深く、深く、緩んでいく。

眠りも息も、深くなっていく。

または、悲しい訳でもないのに、治療中、涙があふれ出てくるという方は、結構多い。
こうして年中、僕は誰かしら人を泣かせているので、人泣かせな鍼灸院だと言っている。

鍼の響きに身をゆだね、見ることもなく見つめている時、それはひとつの瞑想になっている。

だから「人を癒そう」だなんて思っていなくても、自ずと癒しの場は生まれる

これをいかに社会に広げていくかは、今後の僕の課題。

コメント


認証コード4959

コメントは管理者の承認後に表示されます。