好転反応??瞑眩について

「それはただの食あたりであって、瞑眩じゃないよ」

母がお腹が痛いと訴えている。
古い弁当を食べたらしい。

「瞑眩かしら」と問うので、「違う」と答えた。

サプリメントや整体、健康食品などのセールストークでも、誰もが簡単に「好転反応だ」「瞑眩だ」「デトックスだ」という。果ては僕の母のように、一般のおばちゃんですら口にする。

一言しておかねばらならない。

瞑眩

世間では「だるくなること=瞑眩」という誤解があるが、そうではなく、それは単なる治療の失敗か、やりすぎであると僕は考えている。
素人に近いような人が、まともな診察もせず、相手の感受性を無視した治療をすると、具合が悪くなるのは当たり前だ。

それを好転反応だとか、瞑眩だとかいって片づける風潮があるが、本来それは瞑眩とはいわない。

僕はというか、古方漢方ではこう考えている。

瞑眩が起こると、体内の「毒」が減る。毒とはお血、水毒、食毒とも言われる病理産物だ。こういったものが影響して、病いが起こると考える。だから、毒を去れば、病いは癒えると言うわけだ。これが吉益東洞の万病一毒論である。

2つの現象が確認できたら、
それは瞑眩であると僕は認定している。

発汗する、吐く、下す、お小水がでる、etc・・・
といった排毒現象が起こること

それによって、明らかに体質、症状が変わる事

だから、「治療のあとでだるくなっただけ」なら、それは瞑眩ではない。


僕自身は、万病一毒論だけで治療している訳ではないし、必ずしも瞑眩がなくては、病気が良くならないとも思っていない。だが、瞑眩が確認できるくらい起こると、体調もわかりやすく変化するのは事実だ。だが歴史的に、鍼灸師は瞑眩に注目してきていないので、このホームページではあえて、そういうプロセスをたくさん載せている。

瞑眩は場合によって、相当きついことがあるので、できれば自覚もできないくらいの緩やかさで起こった方がいいなと、僕は考えている。

瞑眩の定義についてのコンセンサスは鍼灸業界でも取れていない。
瞑眩について古方漢方の立場から説明したが、こういう視点は、鍼灸学校のカリキュラムの中で、扱われることはない。鍼灸学会でもほとんど話題にされていないようだ。よほどの志でもなければ、鍼灸師が『傷寒論』などを読むことはないし、古方に興味を持つことなどない。

僕の認識と、世間が説く瞑眩と間にギャップがあるとしたら、それは以上の理由による。

むしろ僕の認識は、かなりマイナーであると思っている。

それでも、臨牀において確かめてきたことだから、この話は真実である。

由縁無きことでも、僕のあたまがいかれているのでもない!

【メモ】
瞑眩という言葉は、古くは『書経』に見え、のちに漢方医学の用語として、使われてきた。鍼灸ではあまり瞑眩をいわない。

*『書経』「若藥弗瞑眩,厥疾弗瘳」もし薬、瞑眩せずんば、その疾いえず

一般人には難しいかもしれないが、瞑眩については、安田無観先生のブログが詳しい。
瞑眩についての覚書

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