「法と略」 尾台榕堂『橘黄医談』下 八三 

「医事は二つなり。曰く法と。曰く略と。法なるは本なり、経なり、正なり。略なるは末なり、権なり、奇なり。二者は、相い表裏を為す。故に法無くんば、略は施す所無きか。略無くんば、法も亦た徒らに法と為さんか。是れを以て医為る者は、法を知りて、略を知らざれば、則ち順応の機を獲ること能わず。略を知りて、法を知らざれば、則ち不動の安を持つこと能わず。若し能く常を守り、以て変を制するに、経権を逓いに施し、奇正を相救えば、医の能事は畢れり。」

正攻法だけでも奇策だけでも、医療は成り立たないという話です。吉益東洞先生は法は伝えて、略は伝えるべきではないと述べていますが、江戸時代も、基礎もないのに、あの手この手と、奇策に走りたがる人が多かったのかもしれません。 両方必要なのです。