2016/1/31 河原燈観

浮芤 蝦游

浮は浮みたる脈を云う。「病、表に在の候」なり。
浮にして力ある者は「表実」なり。
浮にして力なき者は「表虚」なり。
浮大は「太陽の脈」なり。
浮濇は「太陰の脈」なり。
浮滑にして数なる者は「太陽・陽明併病の脈」なり。
病久して脈反って浮なる者は「虚陽浮散の候」なり。
雑病の浮脈は表証に限らず、全証を参考して、表裏を決断すべし。

は力なきの形容にして、芤と云う一種の脈状あるに非ず。軟弱と同類なり。
軟弱は浮沈共に力なき者に用へ、は浮にして力なき者に用るなり。芤は草の名にして、其の葉、葱に似たり。因って力なきの形容字に用たる者なり。又た、浮而芤と云う。浮而緊。按之反芤と云うの類は、唯だ力なきの辞に用たる者なり。又た、浮弱、浮遅、浮濇の類は、皆な芤と同意にして「亡陽の候」なり。

【注】
「浮大にして軟。之れを按じて両條を成て、中間の空なる者を芤脈と為る説」あり。
「浮沈俱に力有て、中取して力なき者を芤脈と為る説」あり。
是れはの字の形を論じて、脈の状を論ずる者に非ざるなり。浮にして力なき脈を芤と形容して、其の状、分明なり。然るを後の人、脈状、如何と顧みず、唯だ芤の字に泥て説を作る。思わざるの甚なり。

蝦游は蛙の水面に出没するが如く現れたり、伏したりする脈を云う。是れ即ち、芤の極にして七死の脈の一なり。

沈 伏

沈は沈みたる脈を云う。「病、裏に在るの候」なり。
沈にして力ある者は「裏実」なり。
沈にして力なき者は「裏虚」なり。
表証にして脈沈微なる者は「太陰の脈」なり。      
寒邪に閉られて沈緊の脈を現す者は「太陽の脈」なり。
又た、病毒に痞塞せられて沈脈を現す者あり。
雑病の沈脈は裏証に限らず、全証を参考して、表裏を決断すべし。

は沈み伏して、有るが如く無きが如き脈を云う。劇しき者は、絶えて現れざる者なり。全証を参考して、とを決断すべし。
卒病にして脈の伏する者は「病毒に痞塞せられて伏したる者」なり。故に其の気を調ふときは、脈自ずから出ることあり。
久病にして脈の伏したる者は「陽気の絶したる者」にして、其の脈決して再び出ることなし。
絶脈から急激に脈力が出てきた場合は、最後の残り火。

数 急・疾・動・躁・駃(ケツ) 促 雀啄

は医者の一息に、病人の脈六動以上を云う。実脈の数なり。
八九動以上は、死に近きの候にして、呼吸も胸膈を越えること能わず。唯だ呼ばかりにて吸なき者なり。是れ「精気下に尽きて、孤陽上に亢ぼるの候」なり。

数にして力ある者は「実熱」なり。数にして力なき者は「虚熱」なり。
浮数は「表熱」なり。沈数は「裏熱」なり。
暴数は「外邪」なり。久数は「虚損」なり。細数は「極虚」なり。
病退いて数、存する者は、未だ全快に非ず。
数、退いて証危なき者は「精気脱するの候」なり。
雑病に数脈を現す者は、急に治し難く、
病久しくして数脈を現す者は、尤も恐るべし。
卒病にして数脈を現す者は、急変を生ずることあり。
無病の人に数脈を現す者は、労瘵の催んなり。
小児の脈は六動を常とす。大人と同じからず。然れども数劇き者は、驚を発することあり。

*卒病…①突然起きた重い病気。②痼疾に対して起こった新しい病。
*無病の人に…労瘵なので、症状がないという意味か。
*労瘵…①伝染性の慢性消耗性疾病。肺結核の類で舌紅、脈細数。②虚損の重症。

脈は「内熱」の候と雖も「虚寒」に属する者あり。一概に熱と為すべからず。
熱毒深き者は脈反って数ならず、唯だ、洪滑にして力ある者多く、 
虚寒劇しき者にして、脈反って急数なる者あり。
全証を参考して寒熱を決断すべし。

は数急なる脈の形容なり。静の反対にして、数脈と同じ。
動・数・遅に変わるの動は、動数の二字にて、数脈の劇しき勢いを云うなり。

【注】
「関上に現れて頭尾なく、豆の大きさの如き者を動とする説」あり。是れは動の字より出たる説にして空論なり。

「急・疾・動・躁・駃(ケツ)の類」は、皆な数と同意なり。唯だ、数は数を主とし、急・疾・動・躁・駃は勢いを主と為るのみ。文章の語路に因って、疾の字を用いても、急の字を用いても同じことなり。若し分配家の如く、字義を穿鑿して、六種に分けて、其の脈状を細かに論ずるときは、必ず空論と為るべし。

は急促の促にして、数急の中に結促する脈を云うなり。多くは汗下の後に現れる脈にして、「陽証に虚を帯びるの候」なり。仲景氏の所謂、脈促手足厥冷と云い、脈促胸満と云い、脈息なる者は表未だ解せずというの類、是れなり。又た、病毒に痞塞せられて結促する者あり。全証を参考すべし。

【注】
「数脈、魚際に上ぼる者を以て、促と為る説」あり。是れは「促」の字義より出たる説にして空論なり。熱は固より進む勢いあるを以て、証を上部に現し、脈も亦た進みて洪数を現すこと、必然の理なり。若し促を数の極みにして、寸口に促し魚際に上ると為るときは、滑数・洪数の如き大熱の脈も、皆な寸口に促し、魚際に上るべし。何ぞ促脈のみに限らんや。其の説の通ぜざること見るべし。

雀啄は雀の食を啄む状の如く、数脈の中に結促する間の長き脈を云う。是れ即ち、「促脈の極」にして、「七死の脈」の一なり。

遅 緩

は一側に脈四動以下を云う。甚だしき者は、三動に及ばざる者あり。是れ「陽気不足の候」なり。
又た、病毒に痞塞せられて遅脈を現す者あり。「陽明病、脈遅の類」、是れなり。
はゆったりとしたる脈を云う。「平人の脈」なり。
浮緩は「太陽の脈」なり。緩弱は「太陰の脈」なり。
は中風の脈なりと雖も、浮の字を熟して見されば、中風の脈と為し難し。又た遅と同類なりと雖も、遅は数を以て言え、緩は形を以て言う。故に遅而緩と云いて、太陰の脈を明らかにしたる者なり。

滑 洪 大同

は粒粒分明にして、濇ならざる脈を云う。実脈の體なり。
浮滑は「表熱」なり。
沈滑は「裏熱」なり。
虚損の証に滑脈を現す者は「陰虚火動」なり。
虚利の証に滑脈を現す者は「脾胃の傷」なり。

*疾脈…異常に急速な脈

は大にして実なる脈を云う。一にと云う。実脈の形容なり。洪と云う一種の脈状あるに非ず。と同類なり。唯だ、其の時の文勢を以て、洪と云い、大と云い、滑と云うのみ。其の実は一なり。

【注】
「春潮の初めて至るが如き者は、洪と為す説」あり。
「洪水の波の如く大にして鼓する者を洪と為す説」あり。
是れ皆なの字を論ずるのみ。一笑に堪えたり。

実 長 

は陽証の脈の統名にして、実という一種の脈状あるに非ず。
洪滑の類、惣じて力ある脈を云うなり。
は実脈の「位」を云うなり。は実脈の「体」を云うなり。
は実脈の「形容」を云うなり。は実脈の「数」を云うなり。
は実脈の「力」を云うなり。は実脈の「情」を云うなり。

実証にして実脈を現す者は、論あることなし。
虚証にして実脈を現す者は「真仮の別」あり。
精気脱して脈実する者は、仮に実脈を現す者にして「極虚の候」なり。
病毒に痞塞せられて仮に虚証を現して脈実する者は「真の実脈」なり。
全証を参考して、脈の真仮を弁ずべし。

【注】
指を挙げて余りあり。之れを按じて乏しからず。
「浮中沈、皆な力ある者を実とする説」あり。是れ実は陽脈の統名にして、其の脈状一ならざることを知らざるの誤りなり。実脈は実の一字にて、其の義分明なり。若し之れを形容せんと欲するときは、洪・滑・弦・数等の形容字あり。何ぞ別に実脈の形状を論ずることあらんや。此の説の如きは、実脈の形容に害なしと雖も、洪・滑の形容と同じくして、其の別を弁じ難し。又た沈実と二字用いるときは、指を挙げて余りありの解、不用なり。

長は陽証の脈の舒暢なる情を形容したる者にて、長と云う一種の脈状あるに非ず。唯だ実は力を主とし、長は情を主とするのみ。其の実は一にして、滑脈を指すなり。

【注】
長竿を循るが如き者を、長とする説あり。縄を引くが如き者を長とする説あり。三指の外に溢れ出る者を、長とする説あり。是れ皆な長の字義を論ずるのみ。脈を診する人の説に非ざるなり。

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以下、省略