「湿疹の治療」について 奥田鳳作『腹診考』より

江戸時代の漢方医がおもしろいことを言っています。現代語にして、かつ専門家でない人でも理解できるように”超意訳”してみました。

「老人から子供まで、湿疹が表われるという事は、体内から体外へと病毒を排除しようという働きのためであり、喜ぶべきことである。その機を失ってはいけない。世の人々は、湿疹が現れることを忌み嫌い、塗り薬や薬湯をして、病毒を体内の奥深くに内攻させ、様々な難病を発症させ、寿命を縮めている。そういう患者は、天下に数え切れない程いて、悲しむべき事はなはだしい。」 奥田鳳作『腹診考』

体内の毒は減り、湿疹は寛解していく

皮膚に現れた症状は、皮膚の問題なのではなく、体内にある病毒に原因があるとシンプルに捉えていたことが伺えます。そして「皮膚に湿疹が現れるのは、喜ぶべきことだ」とさえ言ってのけています。とても信じられませんね。でも、本当のことです。

内臓は脳と等しく大切な部分です。その大切な臓器が納められている体内。そこに存在しては困るようなモノ(水毒、血毒、食毒)が、排泄されることもなく蓄積されている状態。そういう状態は生命状態にとって、好ましくありません。それでやむを得ず、体表面へと押しやってエスケープしているというのが、湿疹の在り方だと誠花堂は認識しています。

現代では湿疹といっても、様々な名前が付けられています。アトピー性皮膚炎、脂漏性皮膚炎、接触性皮膚炎などの違いがあります。現代医学的な思考に慣れた私達からすると、それらを「湿疹」の一言でまとめてしまう東洋医学は稚拙なものに見えてしまいます。東洋医学でも、今の西洋医学のように病名を細分化させていくような方法で発展した時期はありましたが、それでも本質としては「病名」ではなく、「証」を見てする治療が基本であるといえます。

「証」の立て方にも様々な作法があるのですが、誠花堂では、主には邪気と毒の位置、臓腑経絡の虚実などを見て治療をします。なので、湿疹という「病名」は同じであっても「証」が異なるということはよくあります。逆に「証」が同じならば、肩こりであっても、風邪でも、皮膚炎であっても、同じ治療をします。
うまく証にあった治療がなされたならば、体内の毒は減り、湿疹は寛解していくというわけです。

変化を起こすために必要なこと

さて、話は戻ります。
誠花堂でも鍼灸治療をすると「証」はどんどん変わり、良くなっていきます。ですが、その過程では、むしろ湿疹がより出てきたりすることがあります。そこを越えれば落ち着くので心配はないのですが、その間はやはり大変です。予め説明はさせて頂いていますが、それでも不安はよぎるのが普通です。

世間では気軽に「体質改善を」とかいいますが、本当に変化が起る時というのは、魔法の様にパッと消滅してくれるわけではありません。積年の不養生からくる毒が体外へ出ていくプロセスであるわけですから、綺麗ごとではすみません。それを強調するとビジネスにならないので、誰もいいませんが避けられない事実です。

誠花堂は医療機関として最前線で患者さんと相対しています。無責任な甘い言葉で、商品を売りつけて逃げるなどということはしていません。なので、現実にはこのようなことが起こりえることをお伝えしています。

変化を起こすには、本人の強い意思と覚悟。そして周囲の理解が必要です。
治療と養生の区別を知る必要もあります。