台北医書探求録

台湾

第二話

その目線はやはり、抱えた書籍に注がれている。異邦人がどういった書籍を手に取るのか興味があったのだろう。それで相手のレベルや嗜好がある程度窺い知ることもできるからだ。僕が手にしたのは『徐霊胎医書全集』『景岳全書』。東洋医学”狂”向けのマニアックな書籍だ。見られて困ることはないが、わざわざ見せびらかすこともない。
昨今は「図解式▲▲」とか、マニュアル本が売り上げを伸ばしている。古典なんて、儲からないので刷られないのだ。読み解くには、中国文化や歴史への教養も求められる。だから遠回りで、面倒くさい作業だ。今は誰もが簡単に、東洋医学を謳う。だが、古典を読まずにどうして伝統を担えるのか。嘘ばかりだ。ああ、けしからん。まったくけしからん……


―などと、ぶつくさ思っていたら、男がいない。

いや。気配はそばにある。というかもう、すぐ横にいる。僕は思わず間合いを取る。すると男はいよいよ無謀にも、残された髪が乱れるのも顧みず、身体を左右に揺すりはじめた。まるでボクサーのようだ。やばい。近づいて来る。

普通に、ちょっと待って。そこまでして、本のタイトルがみたいの??
尋常じゃない。しかし大きな一歩を、不意に踏み込ませてきた。


やめろ、来るな!

ぎ… ぎゃぁぁぁっっつ!!!!! 



……

………

??????? 


「コレタイワンデイチバンノセセイ!!!」

え? 意味が分からない。もう一回、言って。
「これは、台湾で一番のセンセイ!!!」 とある本を指さしている。

ああそういうことか。どうやら仲間だと見なされたらしい。…ビビらせるなよ、警察呼ぶところだった。

カタコトの日本語、カタコト未満の台湾語で、交流があった。これもなにかの縁なので、男に勧められるままに、数冊を手に取り吟味してみた。台湾の鍼灸のレベルの高さが窺い知れる、良書である。しばらく吟味し終えた後、楊維傑氏の『針灸経穴学』『針灸経緯』の二冊を購入しようと決めた。在庫確認もちょうど終わったらしく、店員が数冊の本を持ってきてくれた。



それで男に礼を述べ、清算して帰ろうとしたのだが、男の姿がない。

あれ? さっきまでそこにいたのに。
今度こそ、完全に男の気配がなかった。

遠くの電灯が、闇夜に点滅していた。

(つづく)

台湾の鍼灸

台湾の書店には、董公景昌氏の名を冠した著作がびっしり並んでいた。楊維傑はその高弟のようだ。『針灸経穴学』はいわゆる経穴書で、楊氏の配穴パターンが公開されている点が貴重。鍼灸歌賦も多数引用されているのも特徴。
『針灸経緯』では五輸穴の応用、兪募郄兪穴の応用、子午流注の応用のほか、霊亀八法、卦象取穴法といった聞きなれない取穴法についても述べられている。

どちらも、台湾鍼灸のレベルの高さが窺い知れる良書であった。

台北医書探求録1コラム①台北の書店巡り記録
台北医書探求録2コラム②二手書巡り
台北医書探求録3コラム③台湾の鍼灸
台北医書探求録4コラム④後記 ⑤MAP