生活の中でクマやトラに追いかけられることはありません。しかし、かつてはそういうリスクと隣り合わせの時代がありました。そういった緊急事態には全力で闘うか、全力で逃げるか。死んだふりする以外には、その2択しかなさそうです。どちらにせよ、全身の骨格筋を緊張させ、極限まで使わざるを得ないでしょう。その時、交感神経は高まり、人間の胃腸は働きを止め、心拍数、血流量と圧を増大させて対応します。瞳孔は開き、夜でもよく見えます。危機回避するためにそうして、高エネルギー状態を作り出します。このように、状況に合わせて、自律神経は心身を適切な状態にコントロールしています。その中枢は脳幹にあり、神経が介して皮膚や筋肉、内臓など、全身と繋がります。熊も虎もいない。だが、、、今日、私たちが遭遇する脅威はクマやトラではなく、仕事でのストレス、家族との不和、未来への不安など、目に見えないものが大半です。そして、こういった人生の諸問題は、筋力では解決できないものがほとんどです。それにも関わらず、私たちの脳は否応なく、クマやトラと遭遇した時と同様に反応します。息は浅くなり、眠れなくなり、食欲がわかないというようにです。しかし、私たちは多くの場合、もはや全力で逃げたりすることはありません。脳だけ興奮したまま、さらにPCやスマホを使うことに時間を費やし、脳を過労状態にさせています。そうして引き起こされる頭痛や肩こり、腰痛があります。本来は不調などと呼ぶべき反応ではなく、生理的な現象です。ですが、短期的には有益な反応ではあっても、長期化することで疲弊し、思わぬ不調を引き起こすことになります。これが自律神経失調症です。現代人の生活における脅威は様々。多様化しています。そのため、ただ運動すれば解消するというほど単純でもなくなっています。現れる症状も複合的でより複雑です。代表的な症状を挙げると、以下の通りです。一般的には薬物療法、カウンセリングによる心理療法などが行われています。アロマや入浴剤など、世間でも様々なアイデアが商品化されています。しかし、鍼灸治療はもっとも有効な方法だということは知られていません。なぜ、もっとも有効といえるのか一口に自律神経失調症と言いましても、現代においてはその内容は様々です。体質や年齢によっても対処法は変わります。だから万人に効く薬もなければ、健康食品もありえません。人を診ていないからです。優れたカウンセラーの行う心理療法はやはり素晴らしく、我々鍼灸師に踏み込めない領域があります。やはりよく人を診ているからできることなのだと思います。一方で鍼灸には速効性の高さがあります。よく診察してみると、右の胸の奥が悪いとか、左の足首の内側が弱いという様に具体的にどこがどう悪いのかを突き止めることができます。そういう本当に悪い部分を見つけられると、非常によく効果が出てきます。個人を診るというのは、こういうことです。症例いくつかよくあるエピソードを紹介します。30代 女性 S・Mさん 事務職頭痛・吐き気・肩こり腰痛・食欲もなく、手足の冷えも強い。「自律神経失調症だ」という。月経痛も毎月かならずある。顔面の吹き出物が多い。治療を開始してから、毎月数回起きていた頭痛と吐き気がなくなる。同時に月経痛も減少。頭痛・吐き気が改善したので婦人科症状の治療に重点を移すことになった。「月経痛があるのが当たり前だと思って生きてきた」と喜ばれている。顔の赤み・吹き出物も減少するにつれ、手足の冷えも弱まってきた。こういうパターンは非常に多い。20代 女性 会社員 S・Mさんデスクワークに不規則な就業、運動不足が重なって、慢性的に体が重く、足先は冷え、コリ感がつらい。自律神経失調症だという。お顔も赤く、吹き出物も多い。頭痛と吐き気もストレスが重なるとおこる。初回治療後、身体が軽いという。頭痛と吐き気も、治療を初めてから一ヶ月ほどでほとんど起こらなくなったという。また、毎月当たり前のように月経痛があったというが、治療を初めてから緩和し、しばらくすると忘れた様に起こらなくなった。33歳 女性高校生の頃から頭痛と冷え症、月経痛・不順がある。社会人になってから頭痛は悪化、連日服薬。一年前からは難聴と耳鳴りも始まり、自律神経失調症と言われている。3回目。月経痛がなく、頭痛薬もこの一週間は服用せずにすんだ。5回目、耳の症状が減っていることに気づく。そうして冬を迎えたが寒く感じなかったという。春になると頭痛や耳の症状は悪化しやすいが、春も悪化せずに落ち着ている。30代 女性 F・Nさん一年ほど前から咽がつまる。ここ一カ月ほどは特に酷く、病院へかかるが甲状腺などは問題がなく、原因がわからないという。不眠がある。治療後、夜はよく眠れた。翌朝、咽もすっきりしていた。3回の治療後、再発なし。30代 男性 S・Nさん頭痛があり自律神経失調症と言われている。2回目、けだるさと頭痛がない。5回目、いびきが減った。初回治療後6週が経過したが、頭痛の再発はない。その後、たまに来院されるが再発していない様子。33歳 女性 主婦 F・Nさん肩こり、のどのつまり。夜に何度も目が覚める。治療後、肩が張ったが、のどのつまり感は好調で夜もよく眠れた。3回目、痰がでなくなった。4回目、のどのつまりがなくなったということで治療は終了。23歳 女性 S・Mさんめまい、耳のつまり、首の痛み、半身に疼痛。自律神経失調症と言われている。初回治療後、下痢をした。2回目発熱、発汗があった。3回目、めまい、首、頭痛、耳鳴りは調子が良い。7回目、調子が良いとのことで終了となった。42歳 女性 T・Rさん倦怠感、元気がでない。めまい、気分が落ち込む。初回治療後、気分が腫れて、頭も胸もスッキリした。もっと早く来ればよかったというお言葉を頂いた。3回目、めまいもだいぶ良い。ストレスに負けないタフさを手に入れる自律神経が乱れている人は、ストレスをより受けやすくなってもいます。しかし、有害刺激を避けて生きるのも困難です。人里離れたところへ越すのも現実的ではありません。現代の生活で、都市での生活で、これらの刺激から逃れることはできません。負荷に負けず、生き延びられる術を身に着ける事が肝要です。そのための養生であり、ケアとしての鍼灸があります。関連記事デスクワークと東洋医学 参考『自律神経機能検査』第5版 日本自律神経学会編 文光堂『心身症 治療・診断ガイドライン2006』 協和企画